茨城弁の大きな特徴の1つに、「い」と「え」の発音が反対になるというものがあります。
江戸っ子は「ひ」と「し」が逆になるのはご存知だと思います。
たとえば「ひゃっくり」が「しゃっくり」になったり、「朝日新聞」が「あさししんぶん」になったりします。
ところが、茨城弁の場合は、「い」と「え」が逆になるのです。
整列のとき掛け声は「まいぃ~ならい!!」
小中学校で整列をするときの掛け声といえば、「前へならえ」ですね。
前の人にならえという意味ですから、「前へ~ならえ!」という掛け声になるのは当然です。
ところが、昭和以前の茨城県の小中学校では、茨城弁バリバリの先生から発せられていた掛け声は「前へならえ!」ではありませんでした。
前への「へ」と「ならえ」の「え」が「い」に変化をして、「まいぃ~ならい!!」となっていたのです。
先生たちがみんな「まいぃ~ならい!!」と発音するもんだから、班長さんたちが掛け声をかけるときも同様に「まいぃ~ならい!!」になっていました。
学校というのは標準語を教えてくれるところだと思っていましたが、しっかりと方言も伝承してくれていたわけです。
あのまま大人になった茨城県の当時の子どもたちは、「まいぃ~ならい!!」がずっと標準語だと思っているかも知れません。
「えろいんぴつ」って何をする道具?
「え」と「い」が逆になる茨城弁は、「前へならえ」だけではありません。
子どもたちが学校で使う「色鉛筆」を茨城県のお年寄りに発音させると、高確率で「えろいんぴつ」となります。
子どもたちが使う神聖なる文房具に「えろ」などというはしたない言葉を使うのはけしからんと、目くじらを立ててはいけません。
ネイティブの茨城県民が発音すると、「色鉛筆」はナチュラルに「えろいんぴつ」という発音になってしまうのです。
もちろん、何の意図も悪意もありません。
まさに、「い」と「え」が逆になってしまう典型的な茨城弁の1つが「えろいんぴつ」なのです。
「い」と「え」で構成される「家」は「えー」と発音します
「い」と「え」が混同される茨城弁ですが、「家」という言葉はこの「い」と「え」が両方含まれている言葉になります。
この家(いえ)を茨城弁では、「えー」と発音します。
「い」と「え」を1つにまとめて「えー」で済ませているわけです。
たとえば、近所の子どもたちが遅くまで遊んでいたりすると、「早くえーさけーれ」などといったりします。
翻訳しますと、「早く家に帰りなさい」です。
同様に「家の中」は「えーの中」ですし、「大きい家だな」は「えがいえーだな」となります。
実際に「いえ」と「えー」の両方を発音してみますと、「えー」の方が発音しやすいことに気がつくと思います。
「いえ」だと「い」と「え」でそれぞれ口の形を変えて発音しなければなりませんが、「えー」だと1つの口の形のまま息を吐くだけで発音できてしまいます。
このように、茨城弁というのは省エネモードで発音されることが多いのです。
ちなみに、「えー」は「家」の他に、「お宅」という意味でも使われます。
たとえば、「お宅の御主人」を茨城弁に翻訳すると、「えーの父ちゃん」となります。
「いぬいっちけーの集金が来たど~」の意味は?
茨城弁の「い」と「え」の混同は、アルファベットを読むときにも発揮されます。
たとえば、日本放送協会の略称である「NHK」をネイティブの茨城県民が発音すると、「いぬいっちけー」となります。
Nは「いぬ」、Hは「いっち」に変換されているわけです。
「NHKの集金が来たよ」を茨城弁で表現すると、「いぬいっちけーの集金が来たど~」となります。
「いい塩梅」が「いいあんべぇー」と変化する茨城弁のリエゾン
「いい塩梅」という言葉があります。
これは茨城弁ではありませんが、この「いい塩梅」を茨城弁で表現すると、「いいあんべぇー」となります。
「ばい」の部分が「べぇー」に変化しており、語尾の母音が「い」から「え」になっています。
この言葉も実際に発音してみると分かりますが、「ばい」と発音するよりも「べぇー」と発音する方が口の動きが少なくてしゃべりやすいはずです。
つまり、標準語を発音しやすいように変化させているということが言えるわけです。
これは、アメリカ英語などのリエゾンに該当します。
たとえば、アメリカ英語では「get on」を「ゲットオン」とは発音せずに、「ゲロオン」と発音したりします。
「little」も「リトル」ではなく「リル」と発音したります。
アメリカ人は合理的なので、あえて口の動きが少なくて話しやすいように発音を変化させています。
こうしたアメリカ英語のリエゾンと同じようなことが、茨城弁の「いいあんべぇー」にもみられるわけです。
つまり、茨城弁というのは、滑舌の悪い人でも話しやすいように進化した、最新の言葉であるといえなくもないわけです。
文:護持八平